昔は洋服一枚あたり平均が1480〜1980円の価格帯の服を買っていました。
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専業主婦なんだから、贅沢はダメ…という囚われ
子供が小さい頃は、すぐに服のサイズも変わりますし、大人の私たちよりも頻繁に服を買わなければならなかったし、汚しますので枚数も必要。自分の衣類にかけるお金を減らして子供たちにお金をかけていました。
自分のことを我慢する。洋服1枚にしても。やりたいこと1つにしても。『子供もいるのに、私一人で贅沢しちゃダメでしょ!』と、欲しいものを我慢。
あの頃のお金の使い方は、1枚3980円で服を買うなら1枚1480〜1980円の服を色々持っていた方が着まわし・バリエーションがあってお洒落でいいよね。1枚より3枚持っていた方がいい。1枚の満足より3枚の不満足を選んでいました。
それって「満足する買い物」なのかな?
本質的に価格がどう・・・という話ではなく『自分だけ贅沢をしてはいけない』という自己犠牲的な考えが、結果として『自分を粗末に扱う』ことに繋がっていたと思います。
どれだけ手にいてれも満足しない
仏教で言う『餓鬼道に堕ちる』という感覚でしょうか。自分にとって不満足なことばかり手に入れる。どれだけ沢山手に入れても『満足』しない。この頃に、満足するって何だろう?と物の持ち方や自分の考え方の癖と向き合いました。
自分に問う
私の場合は『持たない暮らし』を通して、『何を一番大切にしたいのか?』と考える機会が『不満足をたくさん集めるより、一つでも心から満足すること』を教えてくれました。
洋服1枚でしたが、誰に気兼ねすることなく『自分の欲しいもの』が手に入った喜びは、多分この先の人生で忘れることはないだろうなあ・・・と、先日のボーダーの記事を書きながら、じんわり思い出しました。欲しい服を買って、満足ゆくまで十分着る。それだけの些細なことですが、私にとっては宝物のような出来事なのでした。
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