少ない物ですっきり暮らす

暮らしを良きものに 

一つの灯火が集まり、深い闇を明るく照らす

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今日は木曜日、娘さん家事頑張ってます。

 先日記事にしましたが、娘は木曜日は学校へ行きません。娘のペースで13歳の今日を過ごしています。

目次

 

 

 

たくさんのコメントありがとうございました

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娘さん、お洗濯をポイポイ仕分けています。

 

先週、娘のことを記事に上げましたが沢山の反響ありがとうございます。


少しずつですが、クラスの子の中でふざけ合える子も出てきたようで、学校の中での関係性が小さな一歩一歩ですが変化があるようです。学校も、学校以外の場所も。娘の居場所になる場所を作っている最中です。

 

心無い声もある。雑音は無視しよう!

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仕分けた洗濯物は、外に干す前に一旦ここへ。

 

子供が学校へ行きたくない…という理由も、答えは一つではありません。自分自身でも自分の心が分からないことは、ごくよくあります。そんなモヤモヤと向き合う時期も人生の中にあって、私は良いと思いますし、それは人生にとって大切なことだと思います。

 

届けるのなら、その人の幸福に繋げたい

私にはあまり、そういう発想がないのですが…。噂話でも、「これは本人が聞いたら傷つくであろう。」という話は沢山あります。

 

「あの人が、あなたの悪口を言っていたよ。」

 

なんて、聞かされた方の気持ちを考えると、仮にそれが事実であっても、聞かせて良い話とそうでない話があるなら、私はそういう話は言いません。なぜなら、

「そんな話を聞くことって、幸せかな?その人の幸せに繋がるかな?」

と、感じます。どうせなら「あの人があなたのことを褒めていたよ。」と、本人の耳へ届かぬ声なら、その人の幸福へ繋がる話を届けてあげたい。

 

一燈照隅 萬燈照国

「一燈照隅 萬燈照国」(いっとうしょうぐう ばんとうしょうこく)とは比叡山延暦寺を開いた伝教大師最澄の言葉で、「最初は一隅を照らすような小さな灯火でも、その灯火が十、百、万となれば、国中をも明るく照らすことになる」という意味です。 この言葉を政界、経済界にも影響を与えられた故安岡正篤さんが以下のように表現しています。

人が振り向こうが振り向くまいがそれは問題ではない。 ただ一途に自分の真心を尽くす。 そうすると、 そんな一隅を照らす行為に励まされた人が、 私も一隅をてらすような行為をしようと決意されて、 いつしか輪が広がっていくものだ。

引用元 一燈照隅

 

 お付き合いのあるカフェのオーナーさんが、地域おこしの志として、大切に想う言葉だと教えてくれました。そんな話を聞いて、私はとても「いいなあ…。」と感じました。

どうせ人に届けるなら、心に小さな灯火が灯るような言葉を届けたい。それが集まり、暗い闇を照らす大きな光になればいい。

 

LESS IS MORE (小さいことは豊かだ)

今日一日が良い日であるよう。不幸が感染する病のように、幸福も感染するようです。今日は天気が良いので、お洗濯を沢山干すだけでも、夜眠りにつくときに「ああ、気持ちがいい。幸せだ。」洗濯一つにも小さな幸せ、沢山あります。

先日いただいた、励ましのコメント。温かいお言葉。一つ一つが心に火が灯りました。ありがとうございます。一燈照隅 萬燈照国。どうか、今日一日。小さな光が集まって、大きな光になりますように。

 

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