さよならもいわずに、サヨウナラ。
2017年、1月。お正月の空気が漂う中、Facebookの高校の友人グループに1件の投稿がありました。それは同級生の訃報でした。そして3月。またも同級生の訃報。立て続けに40代を迎えたばかりの同級生の死。
あの人はもういないと言われても、現実ではない他の世界の出来事のような感覚でした。SNS、インターネットの中だけの世界の事で、現実じゃないと思いたい。
ミュージシャンの山崎まさよしさんの「one more time 、 one more chance 」という楽曲の歌詞のように、どこかを探せば、君はまだいるじゃないか…。そんな気すらしました。
思い出すのは高校時代の17、18歳の頃に同級生と「またね!」と言って手を振り、再会の挨拶を交わした思い出。
さよならもいえずに。
さよならもいわずに (Beam comix) [ 上野顕太郎 ]
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上野顕太郎さんの著書「さよならもいわずに」は、前妻キホさんがある日突然亡くなる。大切な人をある日突然失う。別れの空気感が、リアルに再現された作品です。Amazonのレビューは賛否分かれていますが、大切な人を失った直後の、時間の感覚…時計の針が止まったかのような独特の空気感が見事に表現された作品だと思います。
「さよならもいわずに」は、身近な人の死に直面し、整理できない気持ちの葛藤や答えの出ない苦しさなど。あの人の鼓動が止まった瞬間から、世界が変わる。時間の感覚や空気感・肌感…かなり追体験する作品です。
映画「おくりびと」のインタビューにて本木雅弘さんが「死を見つめることは、生を見つめることである」と、答えていた言葉を誰かの死に出会うたびに、私は思い出します。もう、触れることができないあの人。辛いとき、側にいて欲しかったあの人、くだらない話でも一緒にゲラゲラと笑ってくれたあの人…。時には私を叱ってくれたあの人。
あの人が生きれなかった今日を、あの人がいない世界で生きる私。
メメント・モリ(死を忘れるな)
という言葉があります。折に触れ、旅立ったあの人を思い出す。そして今日を生きる自分を振り返る。いなくなったあの人が、今、目の前にいてくれたら…。今日一日という何でもない日でも、今を生きれなかった人・見送った人にとって「今、生きている」ということは奇跡のような出来事です。
死を忘れるな。
生を忘れるな。
もう側にいないあの人に、今を生きる自分を見せたい。もう見せることはできないけれど、そんな生を送りたい。そして身近な…時には腹が立つ相手でも、その人が今日を生きて側にいることを喜びたい。
死に触れる作品は読んでいて、辛い。読後は考えさせられるものが多いです。心癒す作品も良いのですが、ときには死を深く見つめると同時に、生を見つめる時間も良いものです。「さよならもいえずに」の上野顕太郎さんは元々はギャグ漫画の作家さんだそうですが、本作は圧巻です。絵柄に関しては好き嫌い分かれると思います。リアルに空気が表現されていて、私は特に絵柄に関しては気になりませんでした。時折思い出しては読みたい一冊です。
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